公園由来の碑
コウエンユライノヒ
(表)
函館公園の由来
函館公園は市民がこぞって工事に参加し完成させた公園で、当時すでに市民のための工事として画期的な事であります 明治初期有志により企画された公園建設が資金の都合で中止となっていたところ たまたま明治十年(一八七七年)函館駐在英国領事ウイリアム・ユースデンの勧めもあってふたたび建設計画がたてられ浅田清次郎の設計監督により工事が進められて明治十二年十一月三日(一八七九年)開園のはこびになりました
園内に植栽されている樹木をはじめ石灯篭、橋、庭石等すべて市民の寄付によるものです
以来一世紀の間市民から愛され市民と共に歩んできました 公園面積四・八ヘクタール 施設の主なものとしては樹木約二八〇〇本、園路、築山、池、噴水、花壇等に加えて明治初期以来小規模な動物施設(道南では動物飼育の先進となった)が設けられており また孟宗竹林はここが北限として、趣をそえております
(側面)
開園一〇〇年年記念
寄贈四ツ柳イシ
昭和五十三年十一月三日
■案内板
この碑は、函館公園の開園百年を記念して、四ツ柳イシの寄贈により昭和53年(1978年)11月に建立された。
碑石は、碑は福島県産の白御影石(幅125cm・高さ175cm)を使用し、碑面には、建設当時の築造作業風景が刻まれている。
碑文は、公園築設の由来と概要について説明されている。
■追加解説
初代渡辺孝平伝には、その設立について、「明治3年頃より函館在住英領事ユースデン氏から度々、夜、食事等の招待を受け、妻君共に公園の必要性を聴かされていた。「病院は病人に必要。公園は健康体の養成所」と言うことをユースデンより聞き是非創立したいと思い明治5年頃より市民に働きかけたが、なかなかわかってもらえなかった。(…中略…)今の公園地入口の地所は、小林重吉・今井市右衛門両氏の所有とのことで寄付するよう頼んだところ、早速承知を得、さらに今井市右衛門氏より、金一千円を寄付することでこの願書三通を持ち、東京の開拓使出張所をたずねた。」と記されている。
■参考文献
「函館公園」(函館市役所土木部公園緑地課 1987年)