七重官園綿羊牧場ナナエカンエンメンヨウボクジョウ 明治初期、七重村に設置された開拓使「七重官園」。農業や畜産、加工業のほか養蚕なども行われた。このあたりは「桔梗野綿羊牧場」とされ、牧場の周囲に土塁を築き、羊が離散するのを防いだという。開拓使廃止後は民間へ払い下げとなり、その一部は園田牧場となった。今では、当時の様子を正確に伝えるものは少なく、ごく部分的に土塁が残されているだけである。