寺田農場開放記念碑
木間内ふれあいセンター横にあります。
明治3年(1860)に鶉山道を開さくした「東本願寺現如上人(大谷光螢師)」は、明治26年(1893)に越中、能登、近江地方から40戸の小作人を入れ、大谷農場として開墾経営をしていました。
その農場を大正8年(1919)に、小樽の寺田省帰氏が買収して寺田農場となりました。寺田省帰氏は、巨額を投じて灌漑溝を設け水田化を図りました。昭和 3年(1928)に、小作人たちの要望により開放の協議が進められ、昭和5年に寺田翁の善意によって小作人49名に農耕地500㌶余が開放されました。
当時としては例のない自作農創設であり、その善意に感謝した関係者が、昭和9年7月寺田翁を「真ニ一世ノ師表トシテ仰ガル」と讃え、開放地の一角に碑を建立しました。