明治天皇上陸記念碑

メイジテンノウジョウリクキネンヒ

明治天皇御上陸記念碑

明治天皇御上陸記念碑

 

■碑文

(表)

明治天皇御上陸記念碑

(右側)

昭和十年七月十六日建立

(裏)

蝦夷開拓ハ 皇威隆替ノ関スル所
一日モ忽ニス可ラス汝直正深ク国家ノ重
ヲ荷ヒ身ヲ以テ之ニ任センコトヲ請フ其憂
国済民ノ至情朕嘉納ニ堪ヘス独恐ル
汝高年遂ニ殊方ニ赴クコトヲ然レトモ
朕之ヲ汝ニ委ス始テ北顧ノ憂ナカラン仍
テ督務ヲ命ス他日 皇威ヲ北彊ニ宣
ル汝方寸ノ間ニアルノミ汝直正懋哉
明治二年己巳六月四日

■解説

明治天皇上陸記念碑

赤御影石の地球儀の上に、青銅の鳳凰 が羽を広げた碑は、明治天皇が明治9年(1876年)、東北・北海道巡幸で来函の際の、旧税関桟橋への上陸を記したものである。同14年(1881年) に再び来道の際、小樽から陸路函館へ巡幸し、ここから乗船して青森へ向かった。
明治9年の下船・乗船と同14年の乗船で 、計3回となることから、三蹤碑とも呼ばれている。この碑は、函館出身の彫刻家・梁川剛一の作で、昭和10年(1935年)9月7日に除幕された。同16年(1941年) に7月20日を「海の記念日」と定めたのは、明治天皇の明治9年(1876年)の巡幸の際、7月18日に離函し、20日に横浜に帰着したことを記念したものである。平成8年(1996年)から国民の祝日「海の日」となった。
函館市

■観光説明板

赤御影石の地球儀の上に、青銅の鳳凰が羽を広げた碑は、明治天皇が明治9(1876)年、東北・北海道巡幸で来函の際、旧税関桟橋への上陸を記念したものである。同14年に再び来道の際、小樽から陸路函館へ巡幸し、ここから乗船して青森へ向かった。
明治9年の下船・乗船と同14年の乗船で、計3回となることから、三蹤碑(さんしょうひ)とも呼ばれている。この碑は、函館出身の彫刻家梁川剛一の作で、昭和10(1935)年9月7日に除幕された。同16年に7月20日を「海の記念日」と定めたのは、明治天皇の明治9年の巡幸の際、7月18日に離函し、20日に横浜に帰着したことを記念したものである。平成8(1996)年から国民の祝日「海の日」となった。

函館市

■追加解説

昭和10年(1935年)7月16日には、地鎮祭が開催されている。

描述

明治天皇上陆纪念碑

这座赤御影石地球仪上青铜凤凰展翅的碑,记录了明治天皇在明治9年(1876年)巡视东北・北海道时来到函馆,在旧税关栈桥登陆时的事蹟。明治14年(1881年)再度来北海道之际,从小樽经由陆路来函,并从此处乘船前往青森。
明治9年上下船与14年的上船之际共计3次,故被称做三踪碑。这座碑由函馆出身的雕刻家梁川刚一所作,昭和10年(1935年)9月7日揭幕。昭和16年(1941年)订立7月20日为“海之纪念日”就是为了纪念明治天皇在明治9年(1876年)巡视之际,从7月18日离开函馆、20日抵达横滨之事。平成8年(1996年)成为了国民节假日“海之日”。
函馆市

描述

明治天皇上陸紀念碑

這座赤御影石地球儀上青銅鳳凰展翅的碑,記錄了明治天皇在明治9年(1876年)巡視東北・北海道時來到函館,在舊稅關棧橋登陸時的事蹟。明治14年(1881年)再度來北海道之際,從小樽經由陸路來函,並從此處乘船前往青森。
明治9年上下船與14年的上船之際共計3次,故被稱做三蹤碑。這座碑由函館出身的雕刻家梁川剛一所作,昭和10年(1935年)9月7日揭幕。昭和16年(1941年)訂立7月20日為「海之紀念日」就是為了紀念明治天皇在明治9年(1876年)巡視之際,從7月18日離開函館、20日抵達橫濱之事。平成8年(1996年)成為了國民節假日「海之日」。
函館市

คำอธิบาย

อนุสาวรีย์รำลึกการเสด็จประพาสของจักรพรรดิเมจิ

อนุสาวรีย์ที่มีนกฟีนิกซ์สีบรอนซ์กางปีกอยู่บนลูกโลกหินแกรนิตสีแดง เป็นอนุสาวรีย์ที่ระลึกเมื่อครั้งที่เสด็จประพาสเยือนโทโฮคุ, ฮอกไกโด และเสด็จขึ้นที่สะพานศุลกากรเดิมมาที่ฮาโกดาเตะ ในปีเมจิที่ 9 (ค.ศ.1876) และเมื่อเสด็จมาที่ฮอกไกโดอีกครั้งในปีเมจิที่ 14 (ค.ศ.1881) เสด็จพระราชดำเนินทางรถยนต์จากโอตารุมาที่ฮาโกดาเตะ แล้วจึงประทับเรือมุ่งหน้าสู่อาโอโมริ
จากการเสด็จลงจากเรือ และขึ้นเรือในปีเมจิที่ 9 และเสด็จขึ้นเรือในปีเมจิที่ 14 นับรวมเป็น  3 ครั้ง จึงถูกเรียกว่า "อนุสาวรีย์ซันโจฮิ" อนุสาวรีย์แห่งนี้ สร้างโดย ยานางาวะ โกอิจิ นักแกะสลักชาวฮาโกดาเตะ ถูกเปิดผ้าคลุมเมื่อวันที่ 7 กันยายน ปีโชวะที่ 10 (ค.ศ 1935) และที่กำหนดให้วันที่ 20 กรกฎาคม ปีเมจิที่ 16 (ค.ศ.1941) เป็น "วันที่ระลึกถึงทะเล" ก็เพื่อระลึกถึงวันที่จักรพรรดิเมจิเสด็จกลับถึง โยโกฮามา ตอนที่เสด็จประพาสต้นในปีเมจิที่ 9 (ค.ศ.1876) โดยทรงออกจากฮาโกดาเตะวันที่ 18 กรกฎาคม และเสด็จกลับถึง โยโกฮามาในวันที่ 20 และกลายเป็น "วันแห่งทะเล" เป็นวันหยุดราชการ ตั้งแต่ปีเฮเซที่ 8 (ค.ศ.1996)

■参考文献

「いしぶみ」西部編(函館市役所土木部公園緑地課 1982年)、「函館市史資料集」第27集(函館市史編纂委員会)、昭和10年6月19日・7月17日・9月7日付け「函館新聞」、「目で見る函館のうつりかわり」(函館市 1972年)

大エリア 函館市
小エリア 西部地区
所在地函館市末広町21
制作時代 昭和
主題時代 明治
カテゴリ 歴史, 碑・像